こぼす(2013820・そうするしかなかった)

 30代後半に継いだ家をこぼした。島では解体をこぼすという。無人の家は朽ちるのが速い。専門業者のいない村ではこぼすのは大仕事だ。人手をさがすのも謝礼金の用意も大ごとだった。だから帰る気がないなら今やっておけ、との忠告を受けいれざるを得なかったのである。朽ちるのが速かったのは戦地から帰った親父が増築した部分であって、明治からの古い本体はビクともしてなかったのだが。
 
 いま。浜辺から幅1mの急な坂道を30mほどのぼった林の中にあった家は、天から押さえつけられたようになってねていた。後ろ山の木の種類が変わって保水性が落ち、湧き水が出なくなったのが致命的だったらしい。だがもはや金よりも人手がない。重機も入れられないので具体的にはどうやったか知らないが、用材たちは草木に覆われつつあった。雨に当たると木肌は急速に個性を失い、浄化されるように白くなる。その点はみんな焚きつけになった僕の家の木よりいいかもしれないとも思ったが、わからない。こぼした時から一度も行ってないとキツイ口調で言った家主の悲しさは、こぼした僕も少し知っている。