度胸(2012107・16度5:00)

 男は度胸だ、などと言われてロクなことはなかった。そもそも「あいつには度胸が無い」とバレていて言われた回数が少ないのは幸いだったのである。僕はゴルゴ13の「臆病でなければ生き残れない」というセリフが好きで、信条にもしている。
 
 7歳の冒険時代に磯歩きについていった。ついていった先に何があるかなんて知らない。蝉の声がしみいる夏の磯だ。ところが軽快に猿飛びして進軍しているうちに磯が途切れている所にきてしまった。左は絶壁、右は海である。回り込めない。もっと波のある日だった。だがこの途切れた部分を泳いで渡らないと先に行けない。冒険野郎のトップは13歳を頭に数人で、7歳の僕が一番下だ。
 
 このころ数メートルなら泳げた。ただし足が底につく海辺なら、だ。ここはむろん足はつかない。ギリギリの選択である。今更ひとりで引き返すのは許されないだろう。先に渡り終えた子たちが心配そうに対岸で見守っている。これはイジメでもたんなる度胸試しでもない。なにか分からないけど、前に進むためには一人でしなくてはならない事だと仲間も僕も思っていたのである。
 いまでも「立ちすくむ」とはどんな心境かをこの一件で思い出す。無事に渡れた僕に「よくやった」とか、ガッツポーズするとかいうのはアメリカ映画に洗脳されている証拠だろう。度胸のあるやつらは僕をまじえてまた黙って先に進んだだけだ。