洗脳(2012925・19度13:30)

 例によって酔った頭で放言していて「洗脳」という言葉が、いわば大真面目な感覚で出てきて驚いた。独裁国には集会の自由もないのだから「そうだ、そうだ」と勝手に集まり雄叫びをあげて歩くなどということはあり得ない。言ってみれば命令によって起こされている行動なのである。それをテレビで見て「洗脳」という言葉を使ってあれこれ言ってるこっちはどうなんだと気付いたのである。

 我々は洗脳されてないのか? されてないと確信をもって言えるのか? 言えるとしたらその根拠は何だ? 民主主義なる言葉がまず怪しくないか? 民主党なる党派は<民を主>にして政策を立案施行していると言えるのか? 自分の歴史や現状についての知識は一片の紙にあったひとつの意見でのみ形成されてないか? テレビ映画のみならずネットでの論議は自分の中で検証されているのか? そもそも検証する能力があるのか? 無ければどうすればいいか? 

 これらの疑問が数秒間の間に酔った頭を駆け巡るのである。これまでの知識をご破算にはできなくとも、もっと多くの立場による見解を知り、洗いなおしたほうがよくはないか。酔いが覚めてもそう思っている。自分で洗脳をするのだ。