2012520・・・ニッパチやる人募集(新谷記)

アド・センターで、昼休みを有意義に過ごすべく食堂から部屋に帰った僕らを
待っていたのは堀内さんであった。彼の手にはカードがある。やる気も満々だ。
ゲーム種は決まっていた。「ニッパチ」である。百貨店の暇な時期からきているのでは
なく2と8が重要な役札であったところからそう名付けられ、10以上のカード使わない。
(説明が長くなるけど、お勧めゲームなので書いておきます。)

参加者はあらかじめ5枚ずつ配布されたカードを持ち、とりあえず時計まわりに
1枚だけ開いて置かれたカードと同じ数字かマークのを順に捨て重ねていき、
5枚の手持ちが早く無くなった人が勝ちで、手持ちが1枚になったら「ラ♬」と宣言する。
宣言し忘れると無効で逆に1枚とる。
で、上がられてしまうと敗者は手に残ったカードの数字の合計を採点表係に申告する。
勝者はその全員の数字を一人でいただく。
そういう具合で10回戦がひと勝負である。何故10回かというと採点表に
原稿用紙(堀内さんのデザイン)を使ったからだ。係は申告された数字を
瞬く間に3倍して(そうでないと数字が小さ過ぎる)前回のに足し算しつつ記録する。
係も勝負に加わりながらだから忙しい。

捨てるカードがないときには最初に5枚ずつ配った残りのカードが裏にして積み上げて
ある中から1枚とって手持ちに加える。一周して場が変わっても
捨てる条件に合うのが無ければまたとるのでカードが溜まる。
役札の2は上と同じ条件で捨て、これが捨てられたら捨てた以外の人は2枚ずつ
とらなくてはならない。しかも2を捨てた人は1周飛ばして2度目を捨てても良いので
一気に手持ちが2枚減ることになって、展開は有利になる。そのかわりに持ったまま負けたら
採点は2でなく10である。
役札の8はどんな条件ででも捨てることができ、しかもマークを自分に有利なように変える
指定ができる(有利にみせる芝居の場合もある)。これも持ったまま沈没すると20を
カウントされる。リスクが滅法高い事態にどう対応するかで性格・人生観が出る。
ほかに1と9が役札で、1は順を逆転させ、9は順を一人とばす。
だから1と9は考えようではイジワル用なのである。

早く終わった人の一人勝ちであるから「ラ♬」(ラストのラ)と
宣言されたところからが勝負で「宣言者がどんなカードを持っているか」
最後の1枚のカードを宣言してる人の性格をゲームの流れに加味して読むのである。
読むといってもともかくスピードが命のゲームだし、目にも止まらぬ
速さで進行しているので、溜まってしまったカードを捨てる作戦をたてたりしていると
場の流れの観察がおろそかになって(時代に遅れて)
堀内さんのいう「考えられない」悪手をやってしまうのである。
そこで慎重にかつ速く対応せねばならない。

すると横から堀内さんが
「考えているわけ、では、ないよね」とか
「新ちゃんはもっと速い人だと聞いていたけど」(じつは僕は未経験)とか
こっちがあせる言葉をつぶやく。ある札を捨てようとした途端に
「まさか、だよね」というから、札選びに迷いが出てくる。
初期にはこれで僕は真っ白になり、一人大負けが続いた。とろいから遅いのだけど。

常連グループ以外の人もカモとして歓迎するのだが
その素人のカモが考えられない捨て方をして上がってしまった時に
堀内さんは飛び上がって「ウワッ!!」とこの世の終わりかという大声をあげて嘆いた。
手を見ると8が2枚と2が4枚である。幸運なる最強の革命的な手だが、逆に負けると
最悪の3倍で240点になる。しかしこの「失われた手」を公開するのも芸のうちであり、
僕らは手を見てウソの同情をするのだが、ホントは僕は掘内さんが
「信じられん、君らはほんとにバカだ」と悪態をついて
机たたいて嘆いてる姿を見るのが大好きだったから、その芸をゲラゲラ笑って見ていた。

そもそも堀内さんは「嘆き屋さん」であって、始終なにについても嘆き
「ああ、もう死にたい」だの「長生きし過ぎた」だの言っては嘆くので、慣れてしまうし
どこか可愛げのあるキャラクター(と言っては無礼だけど)のせいかそれが芸のひとつに
なってしまっているので周りはいちいち気にしないのだった。
これは昼休みが終わってシンとした作業時間になっても
「アーア」とか低い声の嘆きが続くサービスぶりで、そのたびに笑えて楽しいのだった。

だけど基本的にはニッパチは堀内さんが一番強く
原稿用紙に太いマジックで、堀内さんの手で書かれた勝敗表では
左が敗者、右が勝者だったが、右にはずっと堀内さんしかいなかった。
たまに気がむくと集金があって、大割引してもらって精算した。
割引額は堀内さんが宣告するのだけど、ヤケになった売り子みたいな顔だった。

掘内さんが何故強いのか、ゲームに加わらずに堀内さんの背後に立って観察したことがある。
それはまことに奇妙な、みたことのない流れの設計で
僕がそれまでに場数を踏んで色々と試してきた自分流とはまったく違っていた。
何故そうするのか、そうできるのか全然わからない。考えの筋の根拠が読めないのだ。
僕も修業のかいあって右の勝者欄の末席にたまに記されることがあったが
僕は掘内さんに比べると「経験重視のデータ主義者」でしかないのがよく分かった。
それでは圧倒的な強者にはなれないのかもしれない。
王者を倒すにはどうすればいいか。謎のままだ。

カードの切り役は掘内さん専任で、その手さばきはホレボレするほど見事だった。
配り終わってゲームが始まると
「堀内さーん、ぜんぜん切れてないよー」と文句が出る。
すると即座の
「切ってないもん」がいつもの答えだった。

(もちろん切り方でインチキできるような、のんきなゲームではない。)