210253・・・酷使(新谷記)

「新しい造形手段、前衛的な意識の酷使」をとの助言である。
もっと殻を破れとハッパをかけたくなる作品なのだろう。
「容認するのを拒否したくなるような真実」を示せとも。

そういえばこの時期は毎夜の宴で、いささか緊張感が緩んでいたとみえ
「ちかごろ僕らは革命論をやらなくなったね」と
帰りの車の中で叱るでもなく嘆くのでもなく、やるせない感じで
堀内さんがポツリともらした。
酒は潤滑油にすぎないので、酔うため居眠りするため吞むのでは決してなかった。
必死になって話題をさがし、展開し、日常性を破る?ように
進行させたいと仕切り屋?志願の僕はひとり気負って心がけているつもりだったが
メンバーや体調によっては流れがそうはいかないこともある。

毎夜これだけの知性(堀内さん)を相手に相撲をとっていたのだから
精根尽きそうな夜もあった。
たまには横綱の胸でなく、己と同位置の幕下を相手にしたい時だってあるのである。
「革命論をやらなくなった」という言葉はそういう僕には重かった。
仕切り屋志願者の責任ではないか。
で、どうしたかって? どうしょうもなかった。
堀内大学の学生にとってはそれが限界だったのである。
授業料は堀内さんもちであるから、先生は大損したことになろう。
嘆きたくもなるよね。

↑昨年の公演から。ゴドーは待っていても来ません。